58社が集結して共創6件が始動 信州SOIPコンソーシアムが開いた“93%の扉”

「13兆円のスポーツ産業のうち、プロスポーツ興行は全体の何%か」。基調講演の壇上に立った荒木重雄氏が、会場に問いを投げた。2026年9月3日、信濃毎日新聞社本社2階講堂。スクリーンに現れた答えはわずか「7%」で、残る93%はプロスポーツ以外の産業が占めていた。長野県と一般社団法人nicollapによる「信州SOIPコンソーシアム」のキックオフキャンプ&セミナー。58社はスポーツを応援するために集まったのではなく、スポーツをハブとした課題解決の当事者として、“93%”の側に立った。
文:大枝 令
KINGDOM パートナー
プロ興行はわずか7%という現実
荒木重雄氏が示す“93%の当事者”
基調講演に立った荒木重雄氏は、NPB千葉ロッテマリーンズを皮切りにパ・リーグマーケティング(PLM)の立ち上げや侍ジャパンの事業戦略などに関わってきた専門家。現在は故郷・群馬県桐生市を本拠に活動し、当地の野球の資源を生かした地域創生などを行う。
この日の演題は「スポーツのチカラで地域の未来をつくる」。冒頭に示されたのは精神論ではなく、数値が指し示すスポーツ産業の輪郭だった。

国内のスポーツ市場規模は約13兆円。コンビニ業界や人材ビジネス産業と肩を並べ、アニメ産業やゲーム産業の約3兆円を大きく上回る。だが内訳をひも解くと、「スポーツ興行」が占めるのは7%にすぎない。
残る93%を構成するのは、教育17.0%、衣服・身回品5.2%、建築2.6%、飲料2.4%、鉄道輸送1.9%、医療・保健1.9%――といった、一見スポーツとは無縁に見える産業だ。
スポーツ産業とは、あらゆる産業に含まれる「スポーツシェア」を合計した数値。放送業の6.86%、衣服・身回品の5.97%といった各産業内の比率が積み上がって、13兆円という総額をかたちづくっている。

「スポーツ産業の原材料はゲーム。スポーツ産業を増幅させるのは一般企業である」
荒木氏はそう整理したうえで、成功のカギはスポーツを核に地域、企業、行政、メディアを結びつけることだと強調。スポーツビジネスとは掛け算であり、掛ける相手はピッチやアリーナの外側にいる。
この日の基調講演に耳を傾けていたのはまさに、その「外側」から熱視線を送る企業群だった。

KINGDOM パートナー
プロスポーツ空白地帯からの挑戦
桐生で費やした“共通言語”の1年
荒木氏の言葉は、自らの現在地に裏打ちされている。22歳から外資系のIT・通信業界に約20年身を置き、2005年に千葉ロッテマリーンズへ。球団経営に携わったのち独立し、4年前に生まれ故郷の群馬県桐生市へ戻った。
桐生市は人口10万人を割り、プロスポーツチームが一つもない。荒木氏によれば、全国1,800弱の自治体のうちプロスポーツを持つのは1割強にとどまるという。残り9割弱の自治体は、そのアドバンテージがない状態で地域課題と向き合っている。

その桐生で、荒木氏が手がける「球都桐生プロジェクト」の成功事例が紹介された。4年間で数億円規模の外部資金を市外から調達。また、廃校を活用した中学野球クラブ「桐生南ポニーリーグ」には50社を超える応援パートナー企業が協賛しているという。
新桐生駅では東武鉄道と球都桐生プロジェクトが組み、ホームを球場に見立てた装飾を施した。装飾前に7社だった広告は、30社へ増えた。栗山英樹氏、ボビー・バレンタイン氏、青木宣親氏や王貞治氏をはじめ数多くの野球関係者が訪れている。野球界以外からも川淵三郎氏、本橋麻里氏(カーリング)などが訪れている。今年の9月には古田敦也氏、高木美帆(スピードスケート)も招聘。また昨年は「球都桐生野球ラボ」や「球都桐生歴史館」がオープンしたりと、多彩な取り組みが紹介された。

しかし、始まりは事業ではなかった。桐生に戻った当初、周囲が知っていたのは「みる」スポーツと「する」スポーツだけだった――という。
「スポーツが地域課題を解決したり企業のビジネスにつながったりすることは、当時は全く分かってもらえなかった。だから作戦を変えた」
「まず共通言語、共通認識をすべてのステークホルダーで持つこと。『スポーツはこんなふうに使える』ということを、最初の半年、1年かけて徹底的に話した。そこが一番のスタートラインだった」

数字を集める前に、言葉をそろえる。大規模な資金調達を成し遂げる前に、1年の地道なコミュニケーションがあった。
米国の専門紙Sports Business Journalが2023年に選んだ「理想的なスポーツビジネス都市」上位20のうち、10都市は人口順位21位以下の街。荒木氏はスライドで、スポーツビジネス都市とは「チームがある街」ではなく「スポーツが地域文化になっている街」だと定義してみせた。
「受発注」と「共創」は異なる
高畠理事が強調する“両輪”の作法
基調講演に続くトークセッションのテーマは「信州の未来をスポーツで切り拓く——成功を生み出す『共創』のデザイン」。登壇したのは地域と人と未来株式会社・藤田豪代表取締役と日本オープンイノベーション研究会・成富一仁代表理事、そしてnicollapの高畠靖明理事。モデレーターをスポーツデータバンク株式会社の石塚大輔代表取締役が務めた。

議論はまず、「共創とは何か」という定義から始まった。かつてBリーグのクラブに在籍し、現在は中間支援の立場に立つ高畠理事は、受発注との違いをこう説明する。
「この予算を払うからこれをやってくれ――という受発注ではない。お互いが車の両輪のように、まず目線を合わせてから進める取り組み」
その前提が崩れたとき何が起きるかも、具体的だった。提案する事業者は社長自らが事業に賭けるつもりで来る。ところがクラブ側の窓口が意思決定権を持たない場合、テンポが噛み合わない。「今すぐ意思決定してほしい」と迫る側と、「社長に確認する」と答える側とでズレが生じる。

だからこそ、「クラブには社長にコミットしてほしい」と高畠理事は訴える。一方、事業者側にも求められるものがある。プロスポーツクラブは基本的に少人数で運営され、既存スポンサーとの利害も調整しながら事業を進める。その事情をくまずに自社の利益だけを主張しても、話は噛み合わない。
「この共創事業は、中間支援組織がないとおそらくうまくいかない」。当事者同士では、互いの言語も商習慣も整理しづらい。その翻訳を担うのが信州SOIPにおけるnicollapの役割ではないかと、高畠理事は立ち位置を再定義した。

成功のカギとして挙がったのは、収益性と社会性の両立だ。収益が落ちれば取り組みは続かず、逆に社会性が抜けた瞬間に人は離れていく。オープンイノベーションで成果を挙げる企業に共通するのは、トップが自ら別のコミュニティへ橋を架けていることだという指摘もあった。
「チームがある街」から文化へ
成否を分けるのは“自分ごと化”
SOIPは「スポーツ・オープン・イノベーション・プラットフォーム」の頭文字。信州SOIPコンソーシアムは長野県観光スポーツ部と一般社団法人nicollapが事業主体となり、スポーツを起点に地域課題の解決と新産業創出を目指す連携基盤だ。
この日は共創提案の1次選考を通過した6組が発表された。申込14件のうち6件がクラブと共同で事業計画を練り上げ、6件からさらに絞り込まれた2件が、補助金を伴う実証事業に採択される。

AC長野パルセイロと組むのは株式会社ボイスクリエーションシュクル、信濃グランセローズには一般社団法人日本アスリート支援協会と三井住友海上火災保険株式会社、信州ブレイブウォリアーズには株式会社エルズグランドケアアカデミー、信州松本トライデンツには株式会社TANQEL、ボアルース長野には株式会社ストレッチサポート、そして松本山雅FCにはアルピコホールディングス株式会社が並んだ。
テーマは健康経営、防災、未病・予防、決済、ジュニア育成、そして部活動地域展開における移動手段の合理化――などだ。

6組は10月4日までに事業計画をまとめ、10月7日に長野市生涯学習センター(TOiGO)で開かれる中間発表・最終審査会に臨む。この審査会は、採択された6組以外も傍聴できる。
閉会の挨拶で、nicollapの高畠靖明理事は「2022年にnicollapがSOIPに関わり始めて4年。やっと実現した取り組みで、今日がその第一歩の日になったと思う」と述懐。そのうえで、共創事業者でもクラブでもない参加者にこそ、10月7日を“自分ごと”として迎えてほしいと呼びかけた。

当事者は、壇上に並んだ6組だけではない。長野県には8つのプロスポーツチームがある。桐生市には一つもない。それでも桐生市は、ノウハウを持つ人物が核となって掛け算の営みを続け、一定の成果に結び付けた。
差を生んだのは「持っているものの多寡」ではなく、「スポーツを自社の言葉へ翻訳できた企業がどれだけいたか」「翻訳する機能が実装されているかどうか」なのだろう。
13兆円の7%を眺めるだけの観客席から、93%を担う当事者の席へ。信州のスポーツが「街の資産」から「地域文化」まで昇華する、一里塚となるか。
信州SOIPコンソーシアム
https://shinshu-soip.jp/














